ワンネスと神の話 vol.2

哲学×心理学

前回の記事を読んで、ドン引きされるかなと思ったら、意外にも好評だったので、みんなの疑問点含めて、更に深い話を書いてみようと思う。

かなり、マニアックになるので、興味がある方だけ、ぜひ読んでいってくださいませ・・。

「外の世界は、すべて自分の思考と心理が作りだしたもの」

よく、心理学では、パートナーは自分の鏡で、自分が思っていることを相手が映し出していると言われる。「投影」これと同じ考え方が、ヨガの哲学にもある。

人間は、大ざっぱに言うと、カラダ(肉体)、心(意識)、魂に、分けられ、カラダと心は、単なる物質で、本当の自分は魂である という話を前回したが、

さらに、突っ込むと、

自分は、カラダでもなく、心でもなく、「見る者=魂」であると考える。

自分は、いつも、自分のカラダと心が眼前で、行為しているのをみているし、

心が感情を生み出すことを、そして欲望を生み出すことをしっているが、

それに巻き込まれることがない状態を目指す。

はっ・・・・?

例えば、どういうことかというと、

自分の顔を見ようと思ったら、鏡をみる。

鏡に映っているのは、「私」という「顔=物質であり、肉体の1部」

鏡に映っているのは、「顔」という「物質」なのに、

自分の心がもし、汚ければ、「私の顔は汚い」と思うし、綺麗に磨かれれて輝いていれば、「私は美しい」と思う

人間は、自分の心に映った自分の像を自分とみなすということ。

これは、同じ現象がたくさんある。

例えば、友達と2人で家にいて、突然、知らない男の人が家に入ってきたとする。

ビックリして、一緒にいた友達に 「誰か知らない人が入ってきた!」という。

すると、急いで駆け寄ってきた友達が、その人を「あっ、お父さん!」と呼ぶ。

そして、「私のお父さんだよ。」とあなたに紹介したら、

あなたは「知らない人ではなく、友達のお父さんだと認識する」

ついさっきまでは、彼は見知らぬ人だったけど、それが、今や、友達のお父さんになった。

彼がお父さんに変わったのか??

ちがう・・彼は、同一人物。

自分がまず、「見知らぬ人」という観念を作り上げて、

次にそれを「お父さん」に変えただけのこと。

だから、外の世界のすべてが、自分の思考と心理的態度に基づいているだけで、世界はすべて、自分自身の投影だということ。

昨日は、「恋人」だった人が、今日は「見るのも嫌」な人かもしれない。

同一人物なのに。

自分の心が変わることによって、自分が何もかも変化させている。

これがわかれば、外の世界には、何も悪いところは、ないということがわかる。

それらすべては、自分の心の中にあるものだということ

更に深い、究極のワンネス

もっと、考えていくと、

天気がいい日に「青い空だ」と思う。

「青い」というのは、自分がただ「青い」と思っているだけで、

青いをとったら、ただの「空」

空は、ただの「物質」

コップが目の前にあったとして、

ある人は、「コーヒーを飲むためのコップ」と思うかもしれないし、

ある人は、「植木に水をやるためのコップ」と思うかもしれない。

「〇〇のための」というのは、人によって捉え方が違うから、それを省くと、

ただの「コップ」

もっというと、「コップ」という概念も、コップという形は人それぞれ捉え方が違うから、

それを省くと、

コップはただの「陶器」

陶器は「土」

「土」はただの物質

心もカラダも物質。

そう、だから、

哲学では、この世のすべてのもの、「魂」以外は、すべて、「物質」であり、ワンネスだと考える。すべて、いつか終わりがくるもの。

かなり、無理矢理感のある説明かもしれないけど、考え方の1つだと思ってもらえると嬉しい。

じゃあ、魂が生まれ変わるとは?!

前回のブログで、魂は永遠で、今世、来世へ生まれ変わるという話をしたけど、哲学では、知識は、経験を通じてのみ、現れると考えられている。

例えば、赤ちゃんをテーブルの上で這わせておいて、

赤ちゃんが端の方まできて落ちそうになると、泣き叫ぶ

それは、なぜか?

落ちて死ぬことへの恐怖を赤ちゃんが感じるから。

死の恐怖が、どうして産まれたばかりの赤ちゃんへ入り込むのか?

それは、過去に一度経験したことがあることだから、死を恐れる。

「本能だ!」と思う人もいるかもしれない。

本能とは、何度も繰りかえされた古い経験の痕跡で、

心の奥深くに沈んだ印象だと考えられている。

それは、沈殿して、完全には消えない。

すべての経験は、潜在意識の中に蓄えられて、

同じような環境が作られたとき、また表面に浮かび上がる。

ある事を何度も、繰り返すと癖になる。

その癖を長い間続けていると性格になる。

その性格をずっと、保ち続けていると、最後には、来世で、本能として現れると考えられている。

同じ苦難や失敗を何度も繰り返してしまう人は、ある意味、「神様の再テスト」に遭遇しているともいえる。

自分の本能=潜在意識にまで刻まれた過去の経験 に打ち勝つことができるかどうかの。

インドの仙人は、おもしろく、こんなことを言っていた。

「服とか、恰好とか気にしすぎると、次は見た目を自由自在に操れるカメレオンに生まれ変わるし、子供を産むことに執着すると、来世はたくさん子供を産む動物、うさぎに産まれるよ・・・」と。

神の話は、説明するのが本当に難しくて、私も言語化できるほど、理解できていない。

元々、私も神になんて興味がなかったし、スピリチャルな世界だと思って、全く信じていなかった。

仙人曰く

「神を信じるのも、信じないのも、自分次第だけど、信じている人の方が、信じていない人よりも、少しは神に近い気がしないか?」

と言われて、それもそうだなと思い、勉強を始めた。

そうすると、自分でも不思議だけど、「ひきよせる力」が強くなってきた。

(念のために書いておくけど、私は全くスピリチャルじゃないので、ご安心を)

それは、特に、カウンセリングや、ヨガの仲間といる時におこる。

最近、特にたくさんあった。

  • 遅れて授業に参加したら、1席残っていた席が、話してみたいと思った人の目の前だった
  • 「悲しいことがあった」と言われただけで、「〇〇さんが亡くなった」と何があったかわかってしまった(その方にお会いしたのは3回目なのに)
  • 50人のグループLineで「〇〇さん来てくれそうだなー」と想って、その日のクラスの内容をLineしたら、2カ月ぶりに、その人がクラスへ来てくれた

たぶん、カウンセリングやヨガの仲間は、意識レベルが、私と似ていて

(出会っている時点で、意識的につながっているのだけど)

だから、意識が繋がって、言葉では説明できないことが起こるのだと思う。

だから、私は、勉強を続けて、このセンスを研ぎ澄ませていきたいと思う。笑

(いつか、みんなのために、使いたい!)

カウンセリングでも、「思ったこと」が「行動として起こる」と勉強する。

「泣きたい」とおもったから、涙がでるような行動を自分で取るし、

「幸せになってはいけない」と思ったら、自ら罪悪感を感じらえるような行動を起こす。

だから、意志力は本当に大切で、いつも良い方へ、自分を導いてくれる考え方をしていたい。

そして、忘れないでほしいのは、

人間は、誰でも幸福になりたいと思っている。 幸福はもともと、私たちの中にある。 誰も私たちに幸福を、または「不幸」を与えることはできず、ただ自分自身の中の、幸福を映し出したり、咎めたりしているだけだということ。

0
タイトルとURLをコピーしました