「受けとって与える」と「与えて受けとる」

カウンセリング

これは、私の最近のテーマでもある。そして、カウンセラーの師匠の根本先生のセッションでも私が言われた言葉。

私は、言わずもがな自立系武闘派女子なので、今まで、ずっと肩に武器を担いで、

「私が〇〇してあげる!」と自分から何かを与えにいくことが多かった。

与えている時は、見返りを求める気持ちは特にないのだけど、結果として、与えたことに対して、御礼や感謝が返ってきて、自分の存在を感じるという仕組みが成り立っていた。

ある時、私のヨガの師匠であるインド人のグルに突然こんなことを言われたことがある。

「れんは、やさしすぎる。もっと普通でよい。やさしすぎるのは、あまり良くない」

もちろん、私は「????」

グルは、何を言ってるんだろう。どういう意味なんだろう。私は自分で自分のこと、やさしいと思ったことなんてないから。

1カ月考えても消化しきれなかった私は、1ヶ月後、グルに聞いてみた。

すると、グルは、

「れんは、小さい頃、両親や周りの人から、たくさん“やさしい”をもらってた。だから、“やさしい”をいっぱい持ってる。いっぱい持ってるから、今、その“やさしい”を周りの人に、いっぱいあげてしまっているんだよ。」

「だから、れんの周りには、やさしさを求めている人が集まってくる。」

うーん。これ、どこかで聞いたことあるな。

弱っている男の人を見たら、助けてあげたくなってしまう心理と同じか? ダメ男ばかり、自分の周りに集まってくる心理と同じか?

それもそうだけど、いや、なんか、ちがう。

「さみしさ」を抱えている人は、「すごく愛された経験があり、愛を知っているから。」だから、さみしさを感じてしまう。

愛が「ある」ときを知っているから、「ない」ときをさみしいと感じてしまう。

愛された経験がなければ、そもそも「さみしい」という感情は生まれない。

この話と同じだなと思った。

★★★

最近の私は、身を委ねることに重きをおいている。師匠根本さんの今日のブログのように。

自ら「与えた」ことに対して→「受けとる」のではなくて、

まずは、自分に対してしてもらったことを「受けとって」、

その御礼や感謝の気持ちをパワーに、「与えていく」

肩の力を抜いたら、周りのみんなは、すごく助けてくれるし、自分が何もしなくても、世界は周っていく(当たり前だけど!笑)

カウンセリングでも、ヨガのセッションでも、「私のところに来てくれる」というだけで、与えてもらっている。数ある人の中から、私を選んできてくださっているのだから。

だから、私は、「与えてもらったもの」を、まずは「受けとって」少しでも恩返しできるよう、私なりの「与える」を精一杯やっていきたいなと思っています。

れん

■3月無料モニター募集中

1+
タイトルとURLをコピーしました