自分に課せられた運命はどう決まるの?神様からの宿題”カルマ”

哲学×心理学

心理カウンセラー×パーソナルヨガのれんです。 今日は、「カルマ」という考え方のお話。

「なんで、私ばっかり、こんな辛い目にあうのだろう」「人生は修行で、乗り越えられないことはおきない」「起こってることは運命」っていうけど、どうやって決まるだろうか?

そんな風に思うこと、あるよね・・?! ヨガの哲学の1つで「カルマ」という考え方がある。

日本語では「業」と訳されていて、自分が起こす全ての「行動や行為」と、「その結果」という意味で使われている。言い換えると、「自業自得」とか、「自分にかせられた運命のようなもの」という言い方もできるかもしれません。 うん、難しいよね・・。

自然で例えると、雨が降る(行為)から、それが蒸発して、雲になる(成果)のような、どちらもそれ1つでは成り立たず、表裏一体のもので、連鎖の関係があるということ。

この考えの前提には、人間は、今回の人生(今世)限りの存在ではなく、前世もあれば来世もある、永遠の転生輪廻をして成長していくという考えがあります。(スピリチャルな感じになってしまうけど、考え方の1つだと思って読んでもらえると嬉しいです。)

だから、生まれ変わりを繰り返すうちに、その人のクセや特徴といったものが出てくる。私たちは、みんな、自分が幸せに、成長するために必要な人生を選んで生まれてくるから、悪いカルマがあれば、それを修正するために必要な環境が現れ、それが「問題」というカルマとして、降りかかってくる。

だけど、それは、私たちが、成長するための「宿題」のようなもの。そして、もし、その神様からの宿題に、今世で卒業できなければ、来世でも同じ問題が待っていることになる。

例えば、寂しさに耐えられず執着していると、来世はウサギに生まれ変わったり、憎しみが強く、誰かに意地悪すると、来世は自分が憎まれる方に生まれたり。

カルマ=神様からの宿題と捉えたら、わかりやすいかもしれない。

そして、このカルマには、3種類あると言われていて、

  • 自分の前世からの行為で、もってきたもの(過去から蓄積されたもの)
  • 今世で与えられたもの(今世の行為の結果でおこるもの)
  • 来世に持ち越されるもの(今世では、現象化せずに、来世で受け取るカルマ)

今の行為の結果はいつ現れてくるかわからなくて、明日かもしれないし、来世かもしれないということ。

だから、今、起きていることにはすべて「理由」があるということ。

★★★

みんな、良い行いをすれば幸せになり、悪い行いは不幸を招くと考えていると思う。もちろん、それはそうだと思う。

だけど、ヨガの哲学では、「良い行為・良い結果」に縛られることさえ、手放すべきものだと考えられる。何が「良くて」何が「悪い」かの基準は、文化や社会や個人によっても違うから。

それに、私たちは、生まれてきた以上、苦しみの強弱はあるものの、病気や死、人との別れなどは回避することが出来ないし、誰もがみんな経験すること。

一生、良い行いを心がけていても、生まれてきた以上、身体の病気や死は必ず起こってしまうもの。

だから、ヨガの哲学では、良いカルマ・悪いカルマの両方から解放されることを目標にしているのです。

だけど、私たちの行動は、「行為」と「その結果」に対する執着心によって、心が支配されてしまいやすい。特に、私たちの心は、「良い」行為をする時に無意識に見返りという執着を作りだしてしまう。

「人に親切にしたのだから、感謝されたい。いい人と思われたい」

「相手のことを思って行動したのだから、相手にも私のことを思って欲しい」

こういう思考は、無意識に起こってしまい、執着の原因となる。

そして、その結果、例え良い行動をしたとしても、結果への執着によって、自分の期待通りにならなかった時には、人は、ネガティブな感情を抱いてしまうもの。。

結果をコントロールすることは出来ないけど、結果に対する執着を手放すことで、私たちの魂はカルマから解放されると言われていて、結果を目的にしないことが大切だということ。

だから、私は、何か辛いことが、自分の身に降りかかると、これは自分の「カルマ」だから、乗り越えるしかない(乗り越えられないことは降りかかってこない)と思うようにしています。

苦しみに直面すると、どうしても「自分が悪い」と自分を否定してしまいがちだけど、「悪い」のではなく「そうならざるおえない理由があった」と思うようにしています。起こっていることには、すべてに「意味」があって、それは、自分が成長するために必要なことだから。(その苦悩、来世までもっていきたくないしね・・笑)

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