瞑想がなぜ神とつながる手段なのか!?-ワンネスの話vol.6-

哲学×心理学

瞑想は、何か1つに集中することを目的にしています。

今まで、たくさん書いてきたように、心は常に苦、悲、辛などを引き起こし、あちこちにいってしまう。1カ所に固定しようと思っても、すぐにその場所を離れてしまう。だから、心を一つの場所、対象に集中させておくことが必要だと考えられていて、その手段が瞑想なのです。

瞑想を続けていくと、心が、あちこちいかなくなって、クリアになって、雲が取れて、本来の自分=魂=神に繋がれる。


前回までの話はこちら。心やワンネスのことについて、書いています。


どうやって、やるかというと、例えば、綺麗なバラの花に心を固定させて、集中する練習をする。

一番いいのは、実物のバラの花を目の前に置くこと。心にとっては、その方が簡単でイメージがしやすいから。

しばらくしたら、静かに目を閉じて、集中の対象であるバラの花を心の中に描き出してみる。

始めはそのバラの花が外にあるけど、それを心の中に持ち込む努力をしてみます。

しばらくすると、それができるようになってくる。

そして、消える。

そうしたらまた目を開く。

それを徐々に、心の中だけで、できるようにする。

それは、心の中に印象付けたものを発達させる練習。

哲学でも心理学でも、あなたが考えた通りに、あなたは「なる」と言われている。

だから、あなたがバラのことを考えると、あなたの心はバラの形をとるのです。

そうやって、しばらく練習していくと、外においていた実物のバラの助けなしでも、簡単にそれが心の内側に見えるようになってくる。

だけど、バラの花を、ずっとみていると、心はそれを離れてどこか別のところへ行こうとしてしまう。

例えば、静かに座って瞑想を始めると「あ、そうだ。去年の誕生日に彼にこんなバラの花をもらったなー」とか。

そうなると、バラの花はどこかへいってしまって、変わりに「彼」がそこに居座っちゃう。

それから、「その後、私たちは、食事にいって、映画もみたな^」と、どんどん心は違う方向へ行って、2分で心の中が、バラから映画のことになってしまう。

それに気づいたら、またバラに戻ることが大事。

心が走る→引き戻す→また走る→また引き戻す。この作業そのものが、今に集中していく練習になり、例えるなら、何か動物を飼いならしているような感じ。

飼いならされたら、それは、段々いうことをきくようになる。

師匠の根本さんもこうおっしゃっていることですし!に意識を向けることが大事」

だから、その場で座って、瞑想できるように、今に集中できるようになる。

瞑想できるように心を訓練することが、今に集中する練習となり、心があちこちいかない練習。

ぜひ、みんなも試してみて★

<関連記事>

ワンネスと神のお話

ワンネスと神のお話 vol2 

90%は心のレベルで生きているワンネスの話-vol3-

心がないと時間と空間の観念もない!?-ワンネスの話vol.4-

外見はバラバラでも、中は1つ-ワンネスの話-vol.5-

0
タイトルとURLをコピーしました